大石泉のジト目は万病に効く

今はまだ効かないがそのうち効くようになる

凱旋門

 ある日のお告げの鐘暮方の頃である。一人の女中セーヴォーンが、凱旋門の下で雨やみを待っていた。
 広い門の下には、この女のほかに誰もいない。ただ、所々彫刻のなくなった、大きな四隅の柱に、天道虫ジャンダームが大量に止まっている。凱旋門が、シャンゼリゼ通りにある以上は、この女のほかにも、雨やみをするキュロット男ブルジョワジーボンネット女クチュリエールが、もう二三人はありそうなものである。それが、この女のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この六七年、パリには、戦争ウクライナ侵略とか暴動イエローベスト運動とか爆発同時多発テロとか饑饉石油の高騰とか云う災がつづいて起った。そこでパリのさびれ方は一通りではない。旧記によると、彫刻や絵画を打砕いて、目にはめ込まれた宝石や、額縁についた金銀の箔を売っていたと云う事である。パリがその始末であるから、凱旋門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狼が棲む。悪魔が棲む。とうとうしまいには、教会に払う金のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、シャルル・ド・ゴール広場この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。