ある日のお告げの鐘の頃である。一人の女中が、凱旋門の下で雨やみを待っていた。
広い門の下には、この女のほかに誰もいない。ただ、所々彫刻のなくなった、大きな四隅の柱に、天道虫が大量に止まっている。凱旋門が、シャンゼリゼ通りにある以上は、この女のほかにも、雨やみをするキュロット男やボンネット女が、もう二三人はありそうなものである。それが、この女のほかには誰もいない。
何故かと云うと、この六七年、パリには、戦争とか暴動とか爆発とか饑饉とか云う災がつづいて起った。そこでパリのさびれ方は一通りではない。旧記によると、彫刻や絵画を打砕いて、目にはめ込まれた宝石や、額縁についた金銀の箔を売っていたと云う事である。パリがその始末であるから、凱旋門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狼が棲む。悪魔が棲む。とうとうしまいには、教会に払う金のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、シャルル・ド・ゴール広場へは足ぶみをしない事になってしまったのである。