大石泉のジト目は万病に効く

今はまだ効かないがそのうち効くようになる

サンクタとサンクタとヴァルポと、ドクター

ロドス本艦、食堂

「できた!」

少女の目の前で、カップケーキが芳香を放つ。

「よし、上手く行ったね」
「うん。エゼルお兄ちゃんありがとう」

焼き上がったばかりのお菓子を前に、青年と少女は笑顔を交わす。
そのとき、少女の聞き慣れた声が彼女の耳に入ってきた。

「あ、リサお姉ちゃん――」
「セシリアちゃん?どうしましたか?」
カップケーキ焼いたの。リサお姉ちゃんも食べない?」
「ええっと……」
「セシリアちゃん、スズランさんに間食は……」
「わかりました」
「えっ?」
「一緒に食べましょう!ちょうど4つありますし、ドクターさんも食べますよね?」
「ああ」

あなたは静かにうなづく。

「でも、いいのかい?」
「うん?何がですか?」
「さっき廊下で私が砂虫を渡そうとしたら『私はセシリアちゃんより少しだけお姉さんなんです!ちゃんとお姉さんらしく規則正しい食事をしないと!』って言ってただろう?」
「もう、意地悪はやめてください。セシリアちゃんに悲しい思いなんてさせたらそれこそお姉さん失格です!」

スズランは迷いなくそう言い放つと、セシリアの話を聞きに厨房に入っていった。

「それじゃあ、僕はコーヒーを淹れましょう。スズランさんはコーヒーは飲めますか?」
「あ、ありがとうございます!お砂糖とミルクを入れれば大丈夫ですよ!」
「ふふ、わかりました」

「……すごいですね」

コーヒーの準備を始めながら青年はあなたに近づき、話しかける。

「スズランさんとお話するのは初めてですが、あの年齢でこれほどしっかりとした考えができるとは」
「あの子は本当に強い」
「ここに来て『光の会』なるものに勧誘されたときは当惑しましたが……確かに彼女には、他人を惹き付けるだけの力がある」
「あの子の魅力は優しさだけというわけじゃない。感染者になり、ここへ来て、オペレーターとして外勤任務でこの世界の残酷さに幾度となく触れながら、それでも自分の芯を失わない――」

ここまで一気に話したところで、あなたは、隣の青年のあなたを見る目がどこか先程までのものとは変わっていることに気づいた。

「……どうかした?」
「……いえ、一人一人のオペレーターをちゃんと見ておられる方なんだなと」
「ああ……」

何とも言えない、しかし決して気まずくはない間が流れた。

「――それでね、昨日入れなかった粉を今日いれたらオーブンのなかで生地がぷくーって膨れたの」
「ベーキングパウダーですね!」
「わたし、クッキーとカップケーキがそんな違いしかなかったなんて知らなかった」

「……」
「――と、よし、コーヒーも出来ましたね。ドクター、運ぶのを手伝ってもらえますか?」
「ああ」

2人の少女と1人の青年が、あなたと共にテーブルを囲む。

「それじゃあセシリアちゃん、エゼルお兄さん、いただきますね!」
「うん、どうぞ」
「召し上がれ」

4人が、それぞれの皿に盛られたカップケーキを手に取り、口にする。

「うん、おいしい」

ほころぶような笑顔とともに静かな感想がこぼれ、ロドスの午後は過ぎて行く。