大石泉のジト目は万病に効く

今はまだ効かないがそのうち効くようになる

ロシア国立図書館

 ある日の夕方の頃である。一人の役人が、ロシア国立図書館の下で雨やみを待っていた。
 広いエカテリニンスキー・サドには、この男のほかに誰もいない。ただ、落書きだらけになった、大きな交通標識の柱に、コオロギスヴェルチョークが大量に止まっている。ロシア国立図書館が、ネフスキー大通りにある以上は、この男のほかにも、雨やみをするカフタン労働者メイド服女学生が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この四五年、サンクトペテルブルクには、暴動チェチェン紛争とか侵略特別軍事作戦とか徴兵部分的動員令とか内乱2018年大統領選挙とか云う災がつづいて起った。そこでサンクトペテルブルクのさびれ方は一通りではない。旧記によると、掲揚旗や標識をひっぺがして、衣服の継ぎ当てにしたり、iPhoneに偽装したりして売っていたと云う事である。サンクトペテルブルクがその始末であるから、ロシア国立図書館の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狼が棲む。悪魔が棲む。とうとうしまいには、教会に払う金のない死人を、この図書館へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、エルミタージュ美術館この図書館の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。